御由緒

由緒について

書物には創建不明とされていますが、当社の主祭神の由緒によると元徳元年(1329年)に、和歌山県の熊野三所権現の分霊を、小野町の山に熊野権現として創建されたのがはじまりとされています。

時は流れて戦国時代、宗家松浦党(本家筋)と平戸松浦(分家筋)との間で戦がありました。宗家松浦党は、当時の近代兵器「鉄砲」を要する平戸松浦党に、臆することなく勇猛果敢に戦いました。親子二代にわたり戦いましたが、終には和睦となりました。その後、天正8年(1580年)に小野町にある熊野三所権現からご神体を遷座し、現在地付近に飯盛大権現を建立しました。以降、平戸藩から崇敬を受けてこの地域の総氏神として親しまれてきました。

明治4年には、社号を飯盛神社と改名し、明治39年には現在地に鎮座地を遷し今に至ります。

御祭神

当社では、伊弉諾尊、伊弉冉尊、速玉男命、泉津事解男命、素戔嗚命、松浦丹後守政公、松浦丹後守幸松丸公、迦遇槌命の八柱をお祀りしております。

伊弉諾尊(子孫繁栄 富)
いざなぎのみこと
伊弉冉尊と対をなす男の神様。夫婦の神様であり、日本の親神様

伊弉冉尊(子孫繁栄 富貴)
いざなみのみこと
伊弉諾尊と対をなす女の神様。夫婦の神様であり、日本の親神様

速玉男命(縁切り 女人守護)
はやたまおのみこと

泉津事解男命(厄除け 有言実行)
よもつことさかおのみこと
伊弉諾と伊弉冉が問答を交わしたときに発した言葉から生まれた神様

素戔嗚命(疫病除け 良縁)
すさのおのみこと

松浦丹後守政公(産業発展 土地守護)
まつうらたんごのかみまさしこう

松浦丹後守幸松丸公(産業発展 土地守護)
まつうらたんごのかみこうまつまるこう

迦遇槌命(火災除け)
かぐつちのみこと

平戸神楽

約400年前、平戸藩の家臣橘光喜が全国の一之宮を巡り、各社の神楽の粋を集成した神楽です。現在では平戸・松浦・佐世保市内神社の神主によって伝えられ、年中行事の中で奉納されています。

兼務社

兼務社とは、飯盛神社が受け持っている神社のことです。下記が、兼務社になります。

木宮神社 大山姫神社 志賀神社 新御田神社 熊野神社 大潟神社 母前神社 和多津美神社 大潟神社 天満神社 金毘羅神社 厄神社 蛭子神社 妙見神社 鬼塚神社

愛宕山登拝

愛宕山へ登拝の方は、当社駐車場をご利用くださいませ。